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ダンジョン喰らいの人類神話
ダンジョン喰らいの人類神話
작가: 空空 空

1.水瀬 優

작가: 空空 空
last update 최신 업데이트: 2025-04-19 18:01:36

 ある日、世界各地に「ゲート」が現れた。

ゲートといっても扉のような姿をしているわけではない。

言うなれば、空間に空いた穴。

ある種の空間の歪み。

そういった現象だ。

ゲートの向こう側にはまるでアニメやゲームのような、いわゆるファンタジーという言葉でくくられるような空間が生成されていた。

その空間はリアルタイムで成長し、変容し、やがて実体化する。

ゲートが出現した場所の周囲がそのままゲート内の空間に置き換わってしまうのだ。

そうなれば当然、魑魅魍魎とでもいうべき魔物たちが解き放たれてしまう。

後にその異空間は「ダンジョン」と呼称されるようになった。

 初めにゲートが現れたのは東京という大都市のど真ん中。

突如現れた謎のゲートは人々の注目を集めたが、ダンジョンの実体化が起きてしまってからそれどころではなくなった。

瞬く間に都市中に魔物があふれ、何人も死んだ。

そしてその後……何者かの手によって実体化したダンジョンは東京ごと消滅させられた。

 その事件から数十年と時は進み、ダンジョンに立ち入った者が特別な力に目覚めることがあると明らかになる。

そこからは、ある種の新時代の到来である。

ダンジョンがあるのが当たり前の時代、そしてそれを攻略する者たちの時代。

 そんな特別な力に目覚めた攻略者たちを人々はこう呼ぶ。

「ダンジョンクリーナー」と。

そしてまた、今ここに新たなダンジョンクリーナーが生まれようとしていた。

◇◇◇

 いつからこうだっただろう?

もしかしたら初めからこういう運命だったのかもしれない。

 俺の名前は水瀬 優。

どこにでもいる普通の学生……少し前まではそうだった。

しかし、その身分も失った。

今の俺は何者でもない。

 漠然と、どうにかなると思ってきた。

なるようになると、そういう風に考えていた。

現に今までどうにかなって来たし、最終的には大団円のオチが待っていると思っていた。

そしてその結果、無残にも社会から振り落とされた。

 職もなければ愛想もない。

社会に居場所がないと、まるで自分が人間でないみたいだった。

今の俺には何も無い。

かといってそんな空虚な人生に自ら別れを告げる度胸もない。

「もう……」

 カーテンを閉め切った部屋で一人頭を抱える。

「もう、おしまいだぁ……」

 俺の心境を知ってか知らずか、窓の外からは電線の上を跳ねるスズメの鳴き声が聞こえてきた。

「ぬわあああああ……!!」

 そうして哀叫しながらアスファルトの上をのたうつミミズのように自室の床を転がっていると、部屋の扉がノックされるのを聞く。

コンコン、と軽快なリズムで二回。

 ノックは二回ではマナー違反だ、と結実することのなかった努力の足跡が無意味に頭の中に浮かぶ。

無論自室の扉をたたいてくるのは家族なので、そこにマナーもくそもない。

「優くん、いる~……? 一応ご飯できたんだけどぉ……」

「はい、います。ゴミ人間はここにいます! ウゥッ……」

「……あちゃ~、いまそういう時間かぁ……。じゃあ……まぁ、お姉ちゃん先食べてるね」

 結局、ドアが開かれることなく足音は遠ざかっていく。

いまのは姉さんだ。

人間の失敗作みたいな俺と違って基本的に何でもできて、人当たりもよくて俺にだって優しいし、おまけに美人だし……。

とにかく、完璧とは言わずとも真っ当にできた人間だ。

 どういう仕事をしているかとかは実は詳しく知らないのだが、姉さんのおかげで姉弟二人暮らしでも何ら不自由することは無かった。

「本当に……」

 それに比べて俺はいったいどうしたんだか。

何を間違ったわけでもないのに、こうしてくすぶっている。

いや、もしかしたら間違うのが怖くて何もしてこなかったのかもしれない。

ただずっと、真っ当に生きているつもりで足踏みをしていただけなのかもしれない。

「……よっと」

 何はともあれ、一日中のたうっているつもりもないので立ち上がる。

せっかく姉さんが作ってくれた料理なのだから、冷ましてしまってはもったいない。

それにどうせ姉さんのことだ、先に食べているとは言いつつも俺を待っているだろう。

だから服だけ着替えて、急いで部屋を出た。

 リビングに向かうと、案の定姉さんは待っていた。

二人用の小さめのテーブルに頬杖をついて、ニュース番組のコーナーの一つである動物たちの映像集みたいなのを眺めている。

そこそこ大きめのテレビ画面には仰向けのまま笹の葉をむさぼる自堕落の究極系みたいなパンダが映っていた。

「この子、かわいいね。優くんみたい」

「ウッ……それは……すみ、ません……」

「あっ、いや違くて! そういう意味じゃないからもー!」

 慌てて姉さんが俺の言葉を否定する。

どうやら俺のことを食っちゃ寝するだけの怠惰なパンダと言いたいわけではないようだ。

いや、さすがにそうでないということはもちろん分かっていたが。

「うそうそ、冗談だから。姉さんがそう焦ることでもないって」

「……でも優くん自虐で普通に傷つく人だし……」

「それは……まぁそう……」

 姉さんの言葉に苦笑いしながら椅子に座る。

テーブルに並べられているのは簡素ながら手の込んだ朝食だ。

わかめの味噌汁から暖かい湯気が上っている。

 姉さんは俺が座ったのを見て満足げに頷いてから、やっと箸を持ち上げた。

「いただきます」

 そういう姉さんに合わせて俺も朝食に手を合わせる。

感覚としてはどっちかというと食材にというか姉さんに手を合わせてる気分だ。

 それが済むと、姉さんはすぐにテレビのリモコンを手に取る。

お行儀よく食事を始めたからと言って、別に最後までそうというわけでもないのだ。

少なくともウチでは。

 姉さんはいつもテレビを見ながらご飯を食べるし、俺もその姉さんに時折目をやりながら食事をしている。

 チャンネルが何度も切り替えられ、中途半端に途切れた音声が連続する。

時々何か興味のある言葉に惹かれたのかリモコンを操作する手が止まるけれど、結局また別の番組に変えていた。

今日はなかなか見たい番組が決まらないようだ。

『本日は全国的に……』

『……を記念して……が……』

『旧首都の消滅。あれから……』

 様々なニュース番組が告げる日常。

日々をちゃんとした一人の人間として生きている人たちに向けられた言葉。

そのどれもが今や俺には関係がない。

「姉さん……たぶんもうチャンネル一周したよ……」

「ん~……あんまり面白いのやってないなぁ……」

「まぁ、朝だし。こんなもんでしょ」

 味噌汁を一口すすって、姉さんに言う。

姉さんはつまらなそうな顔をして、諦めたようにリモコンを置いた。

結局、最初に見ていたニュース番組で固定される。

その番組では動物のコーナーなどもう終わっていて、今は違う話題が中心になっていた。

それは……。

『……史上最年少のB級クリーナーが、ここ日本で誕生しました! なんと14歳でB級に昇格ということで、今多くの注目が彼女に集まっています!』

 アナウンサーのはきはきした声。

それが告げるのは、ダンジョンクリーナーについての話だった。

 ダンジョンクリーナー。

スキルさえ目覚めれば誰でもなれて、この番組で紹介されている少女のように若くして成功を収める可能性だって秘めている。

死と隣り合わせだけれど。

 そんななか、この少女は若々しい才能を携えてB級に昇格したのだ。

スキル覚醒さえすれば、C級まではわりと行けるらしい。

ところがB級はそうはいかない。

B級の壁、なんて言葉が生まれるほどだ。

「へぇ、14歳……無垢ちゃんだって。すごい子もいるんだね~」

「……でも、本来子どもにこんなことさせるべきじゃないだろ。まぁ、俺が言えたことじゃないけど……」

 俺の言葉に姉さんが一瞬目を丸くする。

そして少ししたら柔らかく微笑んだ。

「……ふふ、そうだよね。確かに! 優くんは優しいね」

「ウッ……」

「え、ちょっと! ほめてるのに何でそうなるのさ~!」

 姉さんのまっすぐすぎる笑顔は、場合によっては悪口以上に効くのだった。

優しい人間ならこんなところで立ち止まってないよ。

 しかしあの歳でB級か……。

となると収入は……。

 少し考えて、そしてすぐにやめる。

あまりにも自分がみじめに思えてきたからだ。

 才能さえあれば億万長者も夢じゃない。

ダンジョン内で手に入る物質は基本的に高値が付くし、高難易度のダンジョンを攻略すればそれだけで大儲けだ。

なんとも夢のある話だが……俺とは住む世界が違過ぎる。

 もう目に見えているのだ。

きっと俺はC級どころかスキル覚醒すらしない。

そんな才能、あるわけない。

 そうだ。

この現状もなるべくしてなったんだ。

俺ははなから失敗作で、何の才能もなく、空っぽで……。

「あーもう!! すぐそういう顔する!!」

 突然、ぐわんぐわん視界が揺れる。

何かと思えば、姉さんが俺の頭をわしわし乱雑に撫でていた。

そうやって髪の毛をぐちゃぐちゃにして、テレビを消す。

「ふぅ……まったく。あの手の話は今の優くんには毒だったかもね」

「…………」

 姉さんの言葉に何も言えなくなる。

ひどくみじめで、言葉が出なかった。

「そりゃさ、受けたところことごとくお祈りメールで、おまけにバイトもクビになったら誰だって落ち込むよ!」

「ウッ……」

「今はそれ禁止!」

 ぺちんと、姉さんの指先が額をたたく。

「……けどね、優くんは優くんのペースでいいの。焦らないで。急がないで。お姉ちゃんは、ずっと優くんのそばにいるから! だからさ、大丈夫。大丈夫だよ。ね?」

 まるで子どもを慰めるような表情で、姉さんは俺の顔を覗き込む。

それに俺は、黙って頷くほかなかった。

 姉さんは優しい。

でも、だからこそ今のままではいけないと、強くそう思うのだ。

 自分に言い聞かせる。

お前が最後に本気になったのはいつだ?

そう問いかければ、いやでも自分のどうしようもなさが見えてくる。

結局そう、本当に俺は今まで足踏みをしていただけなのだ。

前に進もうとしなかった。

姉さんの優しさに甘えて。

 いつだってそう、自分に何も無いかもしれないということを知るのを恐れて、本気になれなかった。

壁にぶつかる前に「ここは自分に向いていない」と背を向けてきた。

だけど、流石にそろそろ姉さんの優しさに応えなければならない。

人として、成し得なければならない最低ラインだ。

それほどに俺は姉さんに守られ、救われてきた。

だから、今できることをしなければならない。

そしてそれは……。

「姉さん、とんでもないこと言っていい?」

 住む世界が違う?

どうせそんな才能などない?

本当に……?

確かめもせず何を言っているんだ、俺は!

「なぁに? 優くん?」

 姉さんが首をかしげる。

「俺……俺さ……」

 言え!

臆するな、退路を塞げ!

いい加減人間になれ!

「俺、ダンジョンクリーナー……試してみる」

 宝くじよりはまだ現実的な確率だろう、たぶん。

テレビの14歳に感化されてなんて馬鹿みたいだけど、頭から可能性を否定して賽を振らないのはもっと馬鹿だ。

 姉さんは俺の言葉に不安そうな表情を浮かべる。

しかし決して首を横には降らなかった。

「うん、分かった。あんまり危ないことは……だけど、優くんが決めたならお姉ちゃんも手伝う。応援してるからね!」

 俺の肩に手を置いて、姉さんは深く頷く。

そして数秒後、体の力をフッと抜いた。

そして笑う。

「へへ、ご飯冷めちゃったね」

「あ、ごめ……」

 申し訳ないのと、なんだか小恥ずかしいような気持ちで頭をかく。

もちろんそれで気がまぎれるようなことはなかった。

そしてそんな俺の顔を、姉さんは穏やかな表情でじっと見つめる。

「え、っと……姉さん?」

「ふふ……優くんは優しいね」

「え……え? なんで?」

「なんでも」

 なんだか分からないけれど、そうやって姉さんがくすりと笑うのが無性に嬉しかった。

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